四、久野(1973)――共有知識説
久野(1973)は三上(1955)の研究を受けつつ、知識の質という点に踏み込んで、ア系とソ系の文脈指示代名詞の一般化を試してみた。久野は、話し手と聞き手が、提示した対象を知っているか否かの情報の有無という観点から、ソ系とア系の文脈指示の規則を次のように指摘している。
提示した対象が話し手にも聞き手にもよく知られている場合、「ア系」を使用するべきである。そして、話し手が提示した対象をよく知らない場合、或いは、話し手が提示した対象をよく知っているが、聞き手が提示した対象をよく知らないだろうと推定した場合、「ソ系」を使用するべきである。
五、黒田(1979)――直接知識のア・間接知識のソ
黒田(1979)は聞き手の存在が消失したとき、いわば独り言においても、指示詞が使われ得ることを考慮し、「聞き手の知識」を含む久野の語用論からの脱却を試みている。黒田は、指示詞の用法を現場指示・文脈指示ではなく、「独立用法・照応的用法」に分類し、コ・ソ・アの使い方を次のように論述する。対象を自分の直接の体験で得る知識として捉える場合、ア系及びコ系を選択するのは更に適切である。が、対象をただ概念的に捉える場合、ソ系を選択するほうが更に適当である。
2.2現場指示詞の選択要因と文脈指示詞の選択要因
指示詞コ・ソ・アの機能は現場指示と文脈指示に分類できる。まず、現場指示の中の、指示対象への認知度と指示詞の選択要素に関する先行研究を紹介する。
张颖(2009)によれば、所属、距離、処置、接近容易さ、大きさ、コントロールというような綜合要素は指示詞の選択にかかわるとする。このような綜合要素は「認知度」と呼ばれている。指示対象は、①話し手との客観的な距離は近い、②話し手に所属される、③コントロール権が話し手にある、④処置権が話し手の方が大きい、⑤話し手にっとて見かけのスケールが大きい、⑥話し手が接近しやすい、など場合において話し手に対し認知度が高いと言われる。こういう時はコ系を使用する傾向が多い。逆に、もし客観的な距離は遠く、コントロール権が話し手にほとんどなく、処置権もなく、スケールも小さく、おまけに話し手が接近し難いなど場合になれば、話し手に対する認知度が低くなると言われる。こういう時はア系を使用する傾向が多い。他の場合はソ系を使用する傾向が多い。
以上は現場指示詞の選択要因――認知度に関する張(2009)の研究結果である。無論、指示詞コ・ソ・アの選択はこのいくつかの要素が独立的に働くのではなく、互いに連動的に働く。例えば、距離が変れば、見かけのスケールも変わる。総じて言えば、認知度が高い場合はコ系が使用されやすく、その度合いの下がるにしたがって、ソ系、ア系となるわけである。
また、話し合いにおける文脈指示詞の選択要因について以下のようにまとめられる。
张颖(2009)によれば、文脈指示詞の選択要因にも、様々な要素がかかわると思われる。もし話し手は指示内容の所有権があれば、指示内容との関わりが強くなり、直接的に指示内容も把握できるようになるほか、指示内容の充実性、有効性の長さ、発話時との時間関係の近さなども変わるから、指示内容の導入者が話し手にせよ、聞き手にせよ、コ系を選択する場合が多い。つまり、コ系は聞き手に直感的なイメージを与える。それと反対する場合になれば、聞き手はソ系を選択する場合が多くなる。つまり、ソ系は客観的なイメージを与える。