(二) 先行研究と方法
『坂の上の雲』に反映されている司馬遼太郎の近代戦争観は多くの学者に議論され、それに対する先行研究も歴史学、社会学、文学、倫理学や法学など、様々な領域で行われている。これからは、筆者の調べ得た限りの先行研究を簡単にまとめる。
日本の先行研究:
高橋誠一郎は、「司馬遼太郎の徳富蘆花と蘇峰観――『坂の上の雲』と日露戦争をめぐって」の中において、徳富蘆花の作品『寄生木』を『坂の上の雲』と比較し、徳富蘆花のトルストイ観が『坂の上の雲』へどのように影響を及ぼしているか分析すると同時に、『戦争と平和』に描かれているロシアの「祖国戦争」と日露戦争の類似性を論じた。
川上哲正は、『司馬遼太郎の見た中国瞥見』の中において、儒教の中国への影響を論じ、更に日清戦争の原因と性質をめぐってほかの研究者の論議をとりあげ、司馬遼太郎の日清戦争観を俗論だと判断したが、時代の制約が原因だと司馬遼太郎の戦争認識を弁解した。
細川正義は、「司馬遼太郎文藝の方法—―『坂の上の雲』論」において、司馬遼太郎の「人間観」を論じ、「鳥瞰」という小説作法を紹介した。更に、細川は『坂の上の雲』の創作動機と意図を指摘し、厳密な資料調査を踏まえた司馬の創作方法を客観的に肯定し、最後に日露戦争勝利の原因を探った。
中国の先行研究:文献综述
高義吉は、「“史诗化”叙事与“个人化”叙事的同构 ——论日本历史小说《坂上之云》的叙述模式>>」の中で、『坂の上の雲』における日本の歴史の想像性構築と具体的な人物形象の塑造との統一を紹介し、司馬遼太郎の表現手法と歴史記述の長所と短所を分析した。
于瑾琳は、「司馬遼太郎の日露戦争観—―『坂の上の雲』を中心に」の中で、小説における日露戦争の性質・勝利原因・戦争の二重性を帰納し、歴史的真実としての日露戦争と比較し司馬遼太郎を批判した。更に、司馬遼太郎がそうした戦争観を生み出した理由を探求した。
楊朝桂は、『司馬遼太郎戦争史観研究』において、歴史学の視点に立ち、司馬遼太郎の経歴から出発し、彼の日清戦争と日露戦争と昭和戦争に対する認識を比較しながら考察した。文は戦争原因・性質・勝敗原因・影響など幾重の面から司馬遼太郎の戦争史観を分析し、更にその本質をつかんだ。
以上のような先行研究の中には、日露戦争を中心として、日清戦争を軽視する傾向がある。また、文学の視点から『坂の上の雲』における司馬遼太郎の戦争観を分析する研究は、近年少しずつふえているが、ほかの研究に比べては相対的に少ない。『坂の上の雲』はあくまでも小説で、純粋な歴史書や歴史資料ではない。そのため、作品の言葉や描写を分析した上で、作家の本音を把握するのが文学作品研究の正しい姿勢だと思われる。ゆえに、筆者はこれらの問題点に対し、以下のような研究方法をとる。原作を先ず読み、その後、司馬遼太郎の戦争観と作品『坂の上の雲』に関する資料を調べ、先行研究の文献を整理し分析する。最後に、先行研究を踏まえ、原作小説における戦争描写を分析し、司馬遼太郎の戦争観を探り出す。
本稿は前述した研究方法に適応するため、『坂の上の雲』における二つの戦争—-日清戦争と日露戦争を通じて、原作への理解をもとに、小説における具体的な記述と描写を文学の視点から分析し、司馬遼太郎の戦争観を探り出したい。