まず、日本神社の起源から、神社の発生の原因を分析してから、詳しく日本の神社建築の発展とその過程を述べる。その同時に、いくつかの肝心な時期に、例を挙げて各時期の神社建築の様式と特徴などを説明するつもりがある。次は、建築と自然環境と民族文化の関係を考えて、深く日本の神社建築の特徴が了解したい。最後に、神社建築の主要の構成と構造に関する資料を調べて、建築の空間と構造から分析して、日本伝統の建築文化の魅力を探したい。
2 神社の起源と最初の神社建築
神社建築とは、日本固有の民族信仰に基づき、天神地祇、祖神、天皇、皇族、その他の神様をまつる一定の様式をもった建築というものであると定義されている。
古代の日本人は、山や大樹や巨岩のような自然物に神様が宿ると考えていた。そのために、古代の人々はそのような自然物のあるところを神聖な場所として、臨時の祭場を設け、祭事や祈祷などを行っていた。やがて、そこに神様の住むところとして「やしろ」「みや」と呼ばれる常設の社殿が造られるようになったという説がある。それは、今日まで続く神社の原形である。
ずっと昔、守屋山の磐座と奈良の三輪山を神体とする大神神社は祭祀の重要な場所である。そして、祭場の神聖さを体現するために、神社の周りに、石と緑の植物を利用して、一線を画することがある。それは神垣といわれている。「垣」は分離を代表して、「神」は神聖さを表して、「神垣」は神聖な地域、つまり祭場を一般の地域を分けたものである。また、垣にはさまざまな種類がある。緑の植物を利用するのは、生垣或いは瑞垣であり、石を利用するのは、玉垣であり、しもどと柴を活かすのは柴垣と言われている。もちろん、最初の神殿建築はすごく素朴な建築である。簡単に言えば、二つの茅萱によって造った屋根と湿っぽく沼地に適している高床式木製建築である。
3 神社建築の発展
3.1 太古時代
3.1.1 大社造―出雲大社を例に
大社造の神社建築は出雲大社を代表とする建築である。「神明造」と同じ、「大社造」は日本最古の神社建築様式のひとつと思われている。大社造りは古代の宮殿建築のまねをしって造られた様式といつも言われている。礎石を使わず、直接地面に柱を埋め込んでいる。そして、冬の降雪時に、雪が屋根に積もることがあるから、屋根を保護するために、屋根の傾斜はすごく急である。屋根は切妻の妻入りの様式で、萱で葺かれて、千木、鰹木で装飾されている。また、入口は正面の右側に偏した位置にあって、建物への出入りに便利なように庇を深くしてある。それに、床は非常に高いから、出入りのため梯子も付けられている。
3.2 奈良時代
3.2.1 春日造―春日大社を例に
飛鳥時代、中国から仏教が伝来してから、仏教建築は日本の建築に圧倒的な影響を及ぼしてきていた。寺院も大陸の建築法によって建てられた傾向が見える。そして、奈良時代になる時、建てられた数多くの宮廷や寺院は、ほとんど中国の唐の建築様式と同じだった。また、間違いなく神社建築も仏教建築と中国の建築に両方で影響されていたと言えると思う。
春日造の神社建築は奈良春日大社本殿を代表とする建築である。春日造りの神社の屋根は妻入りの切妻であり、上からしたへ曲線を描いている。そして、妻面の下につけている庇は、屋根と連結しているが、屋根と違っている優雅な曲線を描いている。また、大社造りと同じのように、屋根は桧皮や萱を利用して葺かれていることがある。それに、風通しのために、床も比較的に、高いところに置かれているのである。 奈良の春日大社を例に説明すれば、春日造りに更に理解できると思う。古い鳥居を抜けて、長い参道を経て、多くの社殿に囲まれた一間社の本殿が目に入る。春日造りは神社建築の中で、流造に次いで日本全土に最も広く分布される神社様式であると言われている。そして、第一殿から第四殿まで、四つの社殿を並べているそれらの本殿は、春日造の代表するものとしている。源'自:优尔`!论~文'网www.youerw.com