3。1「盗人」から「下人」へ
『今昔物語集』の原文は、羅城門の楼上にかけ上る盗人が、女主人の死骸から髪を抜いている老婆の着物と、死人の着物と、抜き取ってあった髪の毛まで奪って逃げ去った、というごく簡単なものである。
芥川の作品との大きな違いは、主人公の境遇や性格にある。盗人を下人に変え、盗むか死ぬか、二者択一に迷い、結局環境次第でどうにでもなる可能性が変更点として注目される。『今昔物語集』の主人公は始めから盗人で、最後も徹底的に悪人らしく振る舞い、老婆と死体の双方から奪い取る。ところが芥川の作品では、主人公は四五日前に暇を出された下人で、行き所がなく、途方にくれており、生き延びるために盗人になるかどうか迷っている。田村修一(2003) は「この下人は平安朝の下人としてのリアリティーには著しく欠けている。つまり下層階級をしたたかに生きている力強さなり荒っぽさなり下品さなりがまるでなく、神経質でセンチメンタルで青臭い正義感を持っている、まるで書生のような『下人』なのである」と述べている。鳥居邦郎(1976) は「下人は、帝大生芥川とほとんど等身大の青白い青年になっている」と述べている。また、