]との言葉が忘れられなかった。
3「徳川の心」の主な表現
多くの日本人にとって、明治時代は希望に満ち溢れた時代であるが、徳川宗家にとっては一番困難な時代である。井伊直弼が起こる安政の大獄と桜田門外の変、公武合体、そして、二回の長州征伐、家茂の薨去、更に、徳川慶喜が行う大政奉還、鳥羽・伏見の戦いなど数々の波乱を経験したあげく、時代の変革の重圧に耐えられない徳川幕府はとうとう崩れてしまった。実家に無理強いされ、主人の家族の世継ぎに奔走しなければならなかったことは彼女は一度も思わなかったのであろう。もう将軍家ではない徳川宗家はどうなるのであろう。また、大奥で自力で生活出来ない、一生を送る婦人の方々はどうなるのであろう。この時天璋院は感じるのはその孤独と寂しさだけでなく、二百数十年にかけて徳川家族が営んできている江戸城を引き渡す決定を恥じ入ることも、家定との誓いの言葉を守られない悔しさも、どちらも彼女を苦しめている。夢か幻像かは分からないが、揺らめく燭光で一日中恋慕っている顔が見えた。